評論家になりたいのか

私は評論家になりたいわけじゃない。
自分の周りのリアルなことに言及しようと
泥臭い話ばかり書いている。

世界がどうとか。
業界がどうとか。
世界標準はこれだとか。
世の中皆わかってない。これが正しいんだよ。
だとか、実際の自分が生きている世界で感じられること
より遥かにでかいことを言ったところで、全然説得力はない。

狭い世界でしか、生きていない自分が、これらのことを語ることは
滑稽でしか無い。
そういう話が出来るんだとしたら、それに見合うだけの
行動をし、結果を出した人のみだろう。
発言が先行しても、カッコいい言葉が色々でているだけで、
内容は凄く薄く軽く感じる。

ブログを書くということは、ある種不思議な魔力をもっている。
分かったように、あらゆることを書いてしまいそうになる。

勘違いしないようにしなければならない。
言うだけなら、誰でもできる。
評論家として、発言を垂れ流すのか、実際に行動で示すのか。

言葉遊びをしても、何かがよくなるわけじゃない。

私は評論家ではなく、実際に行動する人間でいたいと思う。
言葉数は少なくとも、意味のある言葉を発することができる人間に。

自分の世界より広い世界の話について、話しても殆ど説得力はない。
生きる上での知恵とも言える程の熟成した考えがあるわけでもないにも
かかわらず、私は全部知っていますよ的に話すこと。

こういったことはしないようにしていこうと思う。

あくまで私はこう思うんだ。というだけであって、
言っていることが正しいという保証はない。
この意識は常にもっていたいと思う。

自分への戒めであると共に、最近よく感じること。