当たり前だと思う事は危険なのかも
当たり前だと思っていることについて、 年末の休みにでも改めてなぜを5回繰り返してみるとかいいかもしれないかなと。 例えば、なんでオブジェクト指向がいいの? その技術はなんで導入されているの? 其の役は、その人でいいの?とか 人の話や本で読んだことじゃなくて、実際に自分の頭でじっくり考えてみる。 数学の証明みたいな感じで、公式を証明するイメージ。 演繹と帰納とか。 現場でもあったことなんですけど、 人が書いたソースに一言。 『 これは、オブジェクト指向じゃないから、駄目だよ 』 そもそもオブジェクト指向って何のこと言ってるの? なんでオブジェクト指向じゃないと駄目なんでしょう? 具体的に何故そこではオブジェクト指向じゃなきゃ駄目なの? 関数ベースでベタに書いちゃ駄目? 再利用性が・・・・とか言いますが、 そう言っている場合のほとんどが再利用する必要がなかったりできなかったり。 必要ないなら、ベタに書いた方がパフォーマンスもいいし、 読みやすいですよ。 必要になったから、再利用性できるようにリファクタリングだとかで いいのかなと結構いい加減な人なもんで、すいません(笑 目的は再利用じゃなくて、其の先にあるって感じで。 オブジェクト指向は、道具であって目的じゃないですよ。 必要だから、そのパラダイムを使うのであって、 使えばいいんだ。使わないものは駄目はいくらなんでもね。。 他に会社の制度とかだったり社会の何かだったりとか 技術的なところとか色々対象はあるので、色々試すと面白いかもしれませんね。 何故何故って考えてると、 目的と手段を混同していることに改めて気がつくことがあります。 忙しい時期に帰りの電車に揺られてる時とか考えてみるといいかなと 昔大阪で仕事をしていたときに仕事のことで、 それをやっていたおかげで助かったこともあったので。 プログラムのフレームワークとか思考のためのフレームワークとか 規定の枠組みから外れたところで当たり前になってるけど、 それってどうなんだろ?と一度立ち止まると新しい発見とか 間違いに気づけていいと思いますよ。 こういうことって習慣にしないとやらなくなっちゃうんで、 練習がてらでネタを探して習慣にしたいなと思ってます。